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2007年5月16日 (水)

“情報化社会”の中で

はいども~、手違いで途中のブログをアップしてしまったまるちゃんです( ̄┓ ̄)グフッ

そんなワタクシめですが、今まだ

風邪気味でして…ゥゥ

くしゃみをすれば“半固形物”が、顔の色んな“穴”から…とりあえず生徒にうつさない内に早めに治す事とします。

前回のその“手違いアップブログ”は、何を綴っていたか半々覚えている or いないなんですけれども、冒頭で言っていた某レポートは何とか書き終えました。まとまってるのか、まとまってないかは別として、ですが;その課題図書の内容でもあったんですけど、いわゆる

情報化社会の発展( ̄-  ̄ )b

教育現場にも大きな変化をもたらしたようで、言ってみればPCが一家に一台が当たり前の時代になり、子供らがそのネットワークを通して

知識を得るd(゚▼゚*)

事は容易になった訳で、一昔前のように“学校=新しい知識を得る所”ってのがある意味成立しない場面が多くなったんですよね。それどころか、こうしたネットの世界については吸収力抜群の彼ら子供たちの方が日々“先駆者”であって、オトナは“新参者”であって。わかりやすい例で言うと、携帯を自在に操る子供に対して、メールすらまともに打てない親ーと。

そうした“知識の泉”にゲームやネットサーフィンで接している“先輩”に対しても、教師は彼らの“師”でなければならない…ワタクシめはそれも、現在の“学校崩壊”“学級崩壊”の一端となっているような気がするんです。

つまりそうした変化に対して

旧態依然のまま“師”となろうとするヽ(´ー`)ノ

例えば以前は子供たちへの理解を深めるために、自分たちが同じ世代だった頃を思い出し、あの時自分はこう思っていたなぁ、とか考えたりする事がその糸口となってたりしました。けれど今は

あてはめる事ができない (;´Д`)

んですよ。それが始まったのが恐らくファ○コンが市場に出回った頃だと思われます。それまで“自宅で機械で遊ぶ”なんて事はなかったですから、子供はそれに夢中になり、親は親でわからないながらも時間を制限したり、はたまた放任していたり、と家庭によって様々な扱いをした。この時点で親や教師が把握している

子供におけるコミュニティーの限界(;´ω`)

が生み出された訳です。それが一部では放置されたまま、でも“機械”は進化し…今のパソコンに至っているように思えます。そして現状の大きな要因として、その当時にファ○コンで遊んでいた世代が、今ちょうど

保護者となっている( ̄∧ ̄)b

さて、これが何を意味しているかわかりますでしょうか…

そろそろ出勤の準備をしないといけない&長くなりそうなので、とりあえず子の辺で一旦区切っておきます。(つづく)

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2007年5月11日 (金)

ガッコウって所

はいども~、レポートがなかなかまとまらないまるちゃんです(;´~`A``誰か「教育方法学Ⅰ」の続きをやってください…(ぇ

週の前半

あぢぃ… (;´Д`)

と思っていたら、後半になってこの涼しさ。おかげで“どうせ暑くなるやろ”と扇風機をかけながら寝てしまい…とりあえず葛○湯を飲んで今日は出勤したいと思っています(;´ω`)ノ

いじめ問題と平行して、最近では保育費や給食費の滞納など話題が尽きる事のない昨今の教育事情。先日とある番組を出勤前に見ていると、ある地区の公立小学校では

市民科( ̄-  ̄ ) b

という科目があるだとか。そこでは人との会話の心構えや、具体的にどういった風に話を進めていけばいいのか、返事はしよう、やら…番組内のコメントでもありましたが

わざわざ“科目”にする必要があるんかなぁヽ(´ー`)ノ

その背景の一つには、いわゆるよく“情報化社会の功罪”として挙げられる

面と向かったつながりの簡略化

があるのだろう。携帯電話の普及で、用事があればメールさえすればOKな時代ですよ。確かに便利なんですけど、ワタクシめらの時代は例えば彼氏/彼女と電話で話したいと思っても、時間やら誰か違う人が電話に出たらちょっと緊張するなぁ…なんてあれこれヤキモキしながら連絡を取り合ったもんです。後はあいさつが出来なかったら近所のおじちゃんやおばちゃんや、もちろん親にも怒られたりもしましたよね。今思えばそうしたやりとりで、自然と人との接し方を身に付けていったのかなぁ、と。

それが今では「核家族化」の進行で、近所の人たちとの交流もめっきり少なくなったり、何より一番これで今問題になっているのは

「家族」が「個」になってしまっている(*´д`)

つまり他から以前のように嫌でもどこかの「人の目」にさらされる事がなくなったため、親御さんの中には理不尽な意識をもって行動される方が増えたのではないだろうか、とワタクシめは思いますね。前述した「未納問題」でも、以前なら

あそこの奥さん、まだ払ってないらしいわよ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` ) 

と言われ、変な理由かもしれませんがそれで一番嫌な思いするのは自分や子供ですから、きちんと納めていたのもあったのではないでしょうか。

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2007年5月 7日 (月)

歴史をさすらい~後編・飛鳥の番外編~

はいども~、連休後半すっかりマッタリーノなまるちゃんです。( ̄∀ ̄*)

今回は前回の補足と致しまして、後編分を写真中心に詳細に綴りたいと思います♪

まずは

Dsc00118

と自宅から約2時間かけて電車で着いたのは近鉄飛鳥駅です。この駅前レンタサイクルをしてさすらっていきました。

Dsc00130

周りはこんな感じで自然いっぱ~いなんで、チャリンコこいでても

快感(▼-▼*)b

そのものです。そして立ち寄ったのは

Dsc00136

石舞台古墳d('ー'*)

本編では写真を掲載できませんでしたが、正面は資料集でもお馴染みのイビツな感じで

Dsc00140

こうした風に中も入れたりします。なんか人のお墓の中入るのも変な感じはしますが…勉強のためチェックしてみました。

この傍らの公園でおにぎりを食べた後

Dsc00156Dsc00157_1

こんな風景を眺めつつも、慣れない地図と傾斜の激しい坂道に格闘する事1時間余り。途中“露骨なお祭り&お守り”で子孫繁栄を祈願するので有名な「飛鳥坐神社」にも立ち寄り、実はそれ以外にも交通安全なども拝める事を知り、その足で向かったのが

Dsc00176

飛鳥寺d('ー'*)

でございます。印象は前編通りですが、お寺ならではと言いますかこうして

Dsc00186

鐘もあったりします。この写真、個人的に結構好きだったりもします。まぁ撮影したのは今回同行した、画家希望のワタクシめの“くされ縁”ですがね(´ー`)

という感じです。え…これ綴ってて思ったんですが、こうして写真載せれたなら

前号いらな…ry( ̄┓ ̄)

だってデータもらえるなんて思わなかったし、記憶が鮮明な内にまとめる方がええかなって思って…(;´ω`)

でももしこの号で飛鳥へ行ってみたいと思っていただければ、ワタクシめはこに尽きます。(了)

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2007年5月 4日 (金)

歴史をさすらい~後編・飛鳥~

はいども~、トイレットペーパーをセットしなかったツケが自分に回ってきたまるちゃんです∑( ̄Д ̄;)

今回は前回の綴りの続きで、奈良・飛鳥にさすらった模様を綴らせてもらおうかと思っているのですが、今ワタクシめの両足には

3枚のシップが…(;´ω`)

両裏モモ&右ふくらはぎ…やはり普段から運動と太陽の光には慣れておいた方がいいですねぇ。今日は一日ゆっくりしようかと思っています。

さて今回の飛鳥ですが、ワタクシめ油断しておりました。

電車の接続が…(ノд-。)

なかなか合わず、思っていたよりも数十分遅く到着となりまして…あまり時間もなく、場所も主に回ったのは二箇所です。一つ目は

石舞台古墳d('ー'*)

写真を撮ったはずなんですが、どれもこれもイマイチなんであえて載せません<(_ _*)>この古墳は飛鳥時代を聖徳太子と築いた、蘇我馬子という人物のお墓だとされています。形が他のものとは違って、少し奇妙な風合いを見せている処も合わさり、飛鳥では人気スポットの1つとされています。この日も観光バスなどたくさんの方が訪れていました。でもワタクシめは

これお墓やのにねぇ…ヽ(´ー`)ノ

バックにして一緒に写真を撮ったり、中に入ってみる(中は空洞になっています)事ができたり…自分が馬子ならちょっと変な感じがします。とは言え貴重な歴史産物であるのは間違いないです。

近くの広場でおにぎりをほおばり、その後レンタサイクルで地図に迷いながら1時間ほどこぎ向かったのはこのフィールドのメインと言っても過言ではない

Photo_14

飛鳥寺d(゚▼゚*)

です。このお寺も飛鳥時代に、当時の国内外に“日本=仏教の国”という意識と、国の力を現す象徴して建てられた、日本最初の本格的寺院であります。その本尊として609年に製作されたのが

Photo_15

飛鳥大仏(釈迦如来坐像)d(゚▼゚*)

歴史にあまり興味のない方も、資料集なんかで一度は目にした事があるかと思います。これももちろん日本で一番古い仏像(609年作とされている)です。

まぁこれは飛鳥寺・大仏双方に言える事なんですが、思っていたよりも

せまい(小さい)ねんなぁ( ̄-  ̄ ) b

その前に行った京都のお寺(銀閣寺や南禅寺)にしても、1周しようと思えば10分はかかったんですけど、このお寺は5分もかからないんじゃないでしょうか。大仏様にしても3メートルですから、東大寺のそれと比べれば、って感じです。でもどこか

威厳がある(´ー`)

やはりここで、これまで続いている本格的な“政治”と言うものが外交含め始められたんですから、何か色々と考えさせられます。

この他飛鳥寺の周辺には、あの大化の改新の舞台となったとされる「板蓋宮跡」や、その改新で暗殺された蘇我入鹿の首がそこまで飛んだとされる「入鹿の首塚」などがありました。

全体で言えるのは

景色がきれい(゚ω゚)b

広いフィールドで、周りは田畑や木々に囲まれた所ですので、すごくホッとできる場所です。もし行かれる方はぜひ

自転車で巡る♪(* ̄  ̄)b

駅やポイント周辺にはレンタルできる所がありますので、気持ちいい風を感じながら回ってみてください。

ってな訳で…

今回オチとかないですから(*´σー`) (了)

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2007年5月 2日 (水)

歴史をさすらい~前編・京都~

はいども~、デジカメあるのに電池を忘れたまるちゃんです;事前の準備ってどんな時も大切ですね…

と言った感じで前回綴りました通り、本日行ってきました~

京都v('ェ')♪

ほんとは奈良にも行ってからまとめて報告するつもりでしたが、きっと長くなってしまいそうなので2回に渡って綴る事にしました。まぁ色々とありましてね…(´ー`)b

今回歩いたのは東山にある

哲学の道d('ー'*)

です。銀閣寺~南禅寺までの約2キロに渡る川沿いの小道ですが、それを北から下る感じです。という訳でまずは

Photo_9

鹿苑寺(銀閣寺)d(゚▼゚*)

ここは言わずと知れた室町幕府8代将軍足利義政公が、隠栖生活を過ごすために祖父の3代将軍義満の鹿苑寺(金閣寺)にならい山荘東山殿を建てたのがその始まりです。写真の同寺の舎利殿である「観音殿」を始め、義政公の持仏堂の「東求堂」(いずれも国宝)を中心に、数々の歴史的至宝を拝観する事ができます。個人的な感想としては、境内の道沿いに歩くと坂を上る所が数ヶ所あるんでけど、そこからの眺めはほんまに

和ヽ(´ー`)ノ

という感じがしていいですねぇ。しかも全くクドくないんですよ。ここに紅葉や雪景色なんかあれば…おとな~なデートにもオススメかもしれません (*ノノ)

ここから哲学の道に戻り歩きつつ、法然院や大豊神社などとりあえず沿いにある寺院は色々と回っていきました。まだGW手前だったって事もあり人もそれほど多くなく、ゆったりと巡れました。

哲学の道も後半にさしかかりまして見えてきたのは

Photo_10

禅林寺(永観堂)d(゚▼゚*)

写真は入り口なんですけど、東山をバックに荘厳に建てられています。このお寺は「みかえり阿弥陀」が有名で、お寺の名前にもなっている永観という僧侶が夜を徹して念佛行をしていた処、朝方になってご本尊が首を左にかしげ何とも言えない表情をした、と言われております。

そして最後に訪れたのが

Photo_11

南禅寺♪(* ̄  ̄)b

です。ちなみに写真は三門と言われる大きな門です。ここも言うまでもなく有名なお寺ですよね。鎌倉中期に亀山天皇が出家された際に、禅寺として開山したのが始まりで南禅院(庭園)など、応仁の乱を始めとする数々の災難に遭遇し焼失をするも再興され、現在ある庭園はドラマでも話題となった江戸幕府5代目将軍綱吉公の母、桂昌院の寄進によって再建されたものです。

ただ、こんな簡単にワタクシめのさすらいは終わりません。この南禅寺ではある事件が…

本堂に拝観しようと思い中に入りまして、こういった際大きいお寺ともなれば行かれた事ある方はわかるかと思いますが

拝観料( ̄-  ̄ ) b

がかかるんですよ。そのお金は建物や襖絵などの保存へ使われるみたいで。まぁ数百円の話なんで、せっかくそうした貴重なモノを見せていただける訳ですから、むしろ安い位ですよ。南禅寺の場合は500円やったんですけど、お金を払う所にちょっと段差がありまして、前の人が支払っているのを待っている時にちょっとしたはずみでつまずいてしまったんですよ。でもコけるとかそんな派手じゃなく、ちょこっと身体が揺れる程度でした。しかしこの時に嫌な音を聞いたんですね

チャリン…

見ると手元にあった500円玉が

Photo_13

こんなスキマに入っていきました…その時ワタクシめの心の中には

くぁwせdrftgyふ (;´Д`;;…

と声にならない叫びが。しかしこんな処でアタフタしては既に苦笑している、後ろに並んでいた人たちに余計恥ずかしい。と、ここでワタクシめはすかさず財布から新たにお金を取り出して何事もなかったかのようにそそくさと中へ入って行きました。いや

一刻も早くその場から立ち去…ry(ノд-。)

明日の奈良は平和に行きたいです。(了)

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